セイコーMECHANICALシリーズSARB033

セイコーの名作です。「プアマンズGS」と言えば時計マニアならピンときますね。パッと見はグランドセイコー(GS)のようなデザインです。しかし値段は10分の1です。
実売価格は2018年12月現在、およそ45000円程度です。ちょっと前までは実売3万円台の中盤で売られていました。しかしこの時計、値段以上の価値があると断言できますので、ここでご紹介をしたいと思います。

ある意味セイコー機械式の頂点

セイコーのMECHANICALシリーズというのは、2006年にセイコーが始めたシリーズです。セイコーと言えばクオーツショックを巻き起こした当人なのですが、ヨーロッパのメーカーが高級機械式時計で巻き返してきたもので、セイコーはセイコーで、機械式に勝機が見えたのでしょう、このシリーズを入口にした機械式のラインナップの拡充を図ってきました。
まさにこのSARB033は、そのセイコー機械式ラインナップの入門編として作られたものです。2006年当時といえば、まだ日本メーカーの機械式はそれほど注目される存在ではありませんでしたので、広告塔として日本製の機械式時計の魅力をわかりやすく表現する必要があります。こうした事情があったのでしょう、このモデルなどは、比較的安価な入門機でありながらも、実用機としての性能は何も落とさない上、コスト度外視とも言える仕上げが施されています。というより、セイコーの機械式を世に受け入れてもらうには、この入門機の完成度がマーケティング的にもモノを言うという判断が働いたことは容易に想像することができます。
セイコーのスタンダードな、いわゆる「オヤジ時計」スタイルのステンレスケース。機械式ムーブメントの強力なトルクによって可能になった太く視認性の高い針。透明度の高いサファイア風防に重厚なベルト。どれをとっても手抜き感が無いのです。

完成度が高すぎて客を満足させてしまった?

セイコーとしては、この時計の美しい仕上げを観た客が「機械式いいねえ、これは高価なグランドセイコーならもっと良いのだろうな」と、どんどん上を買ってくれるものと思っていたのかもしれません。しかし、安価なこの時計があまりに出来が良く、グランドセイコーを買ってくれない。セイコーからしたら、これはこれで失敗の歴史でしょうが、そのくらい、このSARB033は良い時計なのです。これが「プアマンズGS」と呼ばれる所以です。
そして、このモデルは2018年12月現在、カタログ落ち寸前の状態です。かなりバリエーションがあったセイコーMECHANICALシリーズですが、今ではこのSARB033を含め数種類しか現行モデルとしては残っていません。MECHANICALシリーズそのものが、消えつつある今、このSARB033もいつまで製造してくれることか。

今では高価になってしまったCal.6R15を搭載

このSARB033のムーブメントは、セイコーの中堅ムーブメントであるCal.6R15が搭載されています。この6R15はそもそも普及価格帯の時計に搭載する目的でセイコーが作ったと言われています。確かに6振動の23石というスペックは決して大げさなものではありませんが、熟成を重ねながらその評価を高めてきた実績があります。
実質このMECHANICALシリーズの後継シリーズであるプレザージュというシリーズにおいては、6R15搭載機はもっと高価です。上は16万円もする時計でも、この6R15を使っています。つまり、そのくらいこのムーブメントは良いのです。たった4万円程度のSARB033に搭載したというのは、本当にバーゲンプライスと言っても良いかと思います。
2006年当時にラインナップを拡げたMECHANICALシリーズでは、かなり安価な時計にも6R15を搭載していました。事実、このSARB033も当時は実売3万円台の中盤でした。セイコーとしては、機械式の魅力を広く一般に知ってもらうためにバーゲンプライスで性能の優れたムーブメントを搭載してくれたのだと私は思っています。とはいえ、安売りしすぎて後悔したのかもしれません。今のプレザージュシリーズでは、およそ実売6万円程度からしか6R15搭載モデルはありません。これより安価なモデルとなると、もっと造りを簡素化した4R系ムーブメントがその役割を受け持っています。

6R系ムーブメントの魅力

6R15は2018年現在、6R15Dというモデルに進化しています。とにかく安定してすばらしいムーブメントです。私は仕事用で、当機とはまた別のMECHANICALシリーズの6R15搭載機をよく使うのですが、買ってすでに10年になりますが、日差+5秒程度の状態で安定しています。また、比較的新しい6R15搭載のセイコー・プレザージュの場合、+2秒で安定しています。姿勢差は普通に腕に着けている限りは気になりません。腕に着けているだけで様々な姿勢に変化していますから平均化しているのでしょうが、大体はこの日差の範囲内で収まっています。他にも実は保存用で6R15搭載機を2本所有していますが、これらは身に着けることがありませんが、多分大きくずれることは無いだろうと安心しています。その位信頼できるメカなのです。

Cal.6R15の歩度タイムグラファー計測

日本製機械式時計の良さを再確認

私は元々機械式というと海外製品(ETAムーブメント搭載機)から入ったのですが、正直なところ日本製の機械時計のコストパフォーマンスを知ってしまうと、海外製品を買う気が無くなってしまいました。6R15搭載機は特にコストパフォーマンスに長けていると断言できます。
クオーツショックを起こして機械式離れをまっさきに実践したセイコーですが、再度ホンキで機械式をやれば、この通り世界に通じるムーブメントを自社で作ることができるのです。多少落ちぶれたとはいえ、精密加工という分野では、日本の会社は本当に優秀だと心底感じることができます。
日本のメーカーではセイコー以外にも、オリエントは機械式で優れた時計を生み出し続けていますし、シチズンも90系のような新設計の機械式ムーブメントを送り出すなど、優れたマニュファクチュールやエボーシュメーカーが存在します。これは日本人として誇るべきことではないでしょうか。

仕上げの美しいケース

ではSARB033に話を戻しましょう。特筆すべきはその金属加工の美しさです。角が立っていて本当にキレイです。まったくと言って良いほど手抜きが見えません。もちろんGSのようにザラツ研磨をしているわけではありませんが、その加工にまったくと言って良いほど落ち度が感じられないのです。
あまり加工難易度の高いデザインはしていませんので、ほどほどの加工精度でも美しく仕上がります。デザイン段階から加工難易度や加工方法を計算しているのがよくわかります。工業製品ですから、造り方から逆算してデザインするというのは当たり前のことなのですが、消費者サイドはそういうことは意識しませんから、こういった難しさはメーカーとしてはわかってもらえなくて残念なことでしょう。単にきれいなデザインを好みで作るだけなら誰でもできます。プロにはプロの苦労があるのでしょうね。そういうことを想像しながら時計を眺めるのもまた楽しいことです。これが数十万円の時計ならいくらでも高度な加工を前提にできるのでしょうが、数万円の時計というのは出来ることが限られていますので、デザインと設計、そして製造の高度なバランスが必要不可欠です。そういったことも、超高級時計では味わえない面白みだったりするのです。

高い視認性

視認性の高さは折り紙つきです。黒ダイヤルに銀の針。コントラストが強く、私のような老眼の中年でも時刻を読み取りやすいです。
実用時計というのは高い視認性がそのまま商品価値と言えます。どんなに高度な加工をしている時計であったとしても、視認性がダメでは役に立たない。セイコーの時計というのは、そういう基本性能がおろそかでないのが好印象です。
話は少しそれますが、最近入手したセイコー・ドルチェのクオーツなど視認性という観点からは本当に秀逸です。ドレスウォッチというのは色味でコントラストを付けにくいんです。色でコントラストを付けてしまうと下手をすると下品になってしまう。だから表面加工で光の反射具合を変えてコントラストを作り出すという方法がよく使われます。
実は日本人はこういう光の扱いというのが世界的にもうまい民族なんです。建築などを見るとそれがよくわかります。光と影をうまく使って一見殺風景な室内に立体感とコントラストを生み出している。シンプルなものに光で立体感を演出するんですね。
時計のデザイナーさんは明らかに光を意識しています。そういった計算が、このMECHANICALのようなシンプルな時計にも活きていると思います。

ベルトもすごく良質

私はあまり金属ベルトは使いません。革ばかりです。とはいえ、この金属ベルトは質感が高くて良いですね。これもバーゲンプライスです。
今だったら6万円以上する時計でしか、こういうベルトは使わないでしょう。実際、プレザージュの3万円台などは、バックルの厚みなどが減って、プレス仕上げをしていたりする。ところがこのMECHANICALのベルトのバックルは違います。削って作っているのです。単品でも売れるクオリティのバックルが着いているんです。本当にしっかりしていますよ。

全体評価は言うまでもない

細かいところを挙げたら、この時計の魅力は語りつくせません。それほど良いのです。全体評価など言うまでもありませんし、高水準すぎて素人の私ごときが評価できるレベルの仕事ではないでしょう。
時計を愛して隅々まで知り尽くしたプロの集団が、丁寧に誠心誠意仕事をした結果生まれている。そんな時計です。
10年以上前の時計ですから、基本的なデザインは古いものです。しかし普遍的なデザインですから古さを感じません。少し小さ目な直径も控え目で良いし、私はとても安心して使えます。
普遍性の高い機械式を買いたいということなら、この時計はおすすめです。ビジネスでも安心して使えます。無理している感じが無くて好感が持てるのです。押しは強くありませんが、それがかえって控え目で良い。ギラギラしていないのです。
機械式の魅力を知りたいなら入門編として入手できるうちに一本いかがでしょう?また、ブランド品を一回りしたような方でも、本当の時計屋さんが作った時計の良さに気が付いたら、こういう時計が良いかもしれません。セイコーはブランド力で評価されている会社ではありません、本当の時計屋さんだから評価されている会社なのです。